少女「水溜まりの校庭でつかまえて」 2
少女「水溜まりの校庭でつかまえて」2
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:09:43.38 ID:fJ2jl6pYO
僕「あ、あのさ」
雰囲気を変えるために、僕はまた話を始めた。
『ん〜?』
僕「最初に会った次の日に……会いにきたのわかった?」
『……知らないもん』
ぷいっ、とそっぽを向いてしまう。
僕「ほら、話しかけたじゃん。覚えてない?」
『覚えてないよ。校庭で女ちゃんと二人で歩いてる所は見たけど……声なんて聞こえなかったもん』
僕「え……」
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:09:43.38 ID:fJ2jl6pYO
僕「あ、あのさ」
雰囲気を変えるために、僕はまた話を始めた。
『ん〜?』
僕「最初に会った次の日に……会いにきたのわかった?」
『……知らないもん』
ぷいっ、とそっぽを向いてしまう。
僕「ほら、話しかけたじゃん。覚えてない?」
『覚えてないよ。校庭で女ちゃんと二人で歩いてる所は見たけど……声なんて聞こえなかったもん』
僕「え……」
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:13:46.55 ID:fJ2jl6pYO
『放課後女ちゃんを誘ってさ、一緒に外に出たのは見てたよ』
僕「まあ、ベランダからなら見えるだろうな」
『でも、外に二人の姿が見えても……何も聞こえなかった。だから覚えてないんだもん』
僕「ふうん?」
『私ね、きっと雨が降らないとお話出来ないんだよ』
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:18:07.56 ID:fJ2jl6pYO
『誰かに話しかけて聞いてもらえるのも、声が届くのも……雨の日だけ』
僕「……ねえ、みんなに話しかけて声が届いたのは、どの場所?」
『そこの僕ちゃんが立ってる辺りだよ〜……ベランダから教室に話しかけても、誰もこっちを見てくれないんだもん』
『雨の日にその辺りに人が来るとね、あ、お話できるって感じるの』
僕「それはどうして?」
『わかんないもん……』
僕「わかんない、ね」
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:22:17.27 ID:fJ2jl6pYO
僕「……まあ理由はなんでもいいのかもね」
『……』
僕「こうやってお話出来てるんだからさ、ね?」
『……』
『考えるのが、面倒になったんでしょ?』
僕「あ、バレた?」
『……くすっ』
落ち込んでいた彼女が、少しだけ笑ってくれた。
『もう、すごい適当な人なんだね僕ちゃんて』
僕「そうかな? あまり細かい事は気にしないだけだよ」
『……確かに、見てるとすごい適当な人間だもんね』
僕「え? 見てるとって、何を?」
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:26:10.36 ID:fJ2jl6pYO
『授業の様子とか、友達付き合いとか見てると……ああ、ゆるゆるな人間だな〜って』
僕「……見てるの?」
『うん。暇な時間はずっと教室見てるよ。クラスみんなの名前だって知ってるし、誰がどんな性格かだって……わかるもん』
僕「それはそれで何か怖いよ」
『くすっ、だって楽しそうなんだもん。いいよね、小学校ってさ』
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:26:26.17 ID:LbvLBbftO
このスレタイ見覚えがある
僕「小学校で」女「つかまえて」
みたいな
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:30:57.52 ID:fJ2jl6pYO
『お友達がたくさんいて、まだ勉強も楽しい時期で……毎日新しい刺激ばっかり』
『女ちゃんみたいに探検したり、放課後の学校でかくれんぼしたりとかさ……』
小学校の事を語る彼女の口調は、とてもサッパリとしている様子だった。
見た目的には、僕たちと同じ年齢に見えるくらい幼いのに……言葉の一つ一つが重苦しく感じた。
僕「……」
『楽しそうだよね、本当にうらやましいよ』
そう言えば、僕は彼女の事を何も知らない。
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:41:24.03 ID:fJ2jl6pYO
僕「ねえ」
『……な〜に』
手すりに腕をのせて、それを枕にしている。
遠い表情をしながら返事をする彼女に……僕は思いきって尋ねてみた。
僕「あのさ、君は一体誰なの?」
『私?』
僕「……」
考えてみれば当然だった。
水溜まりにだけ映る少女、動かずずっと同じ場所にいる。
僕「僕は先入観から、七不思議の一つの……ただの噂の女の子だと思っていた」
『……うん、そんなお話もしてたね』
僕「本当に君がそうなの?」
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:47:22.74 ID:fJ2jl6pYO
『噂や七不思議なんて、どこの学校にもあるでしょ。学校のどこかに女の子が出るなんて話……』
僕「じゃあ、君は噂によって生まれた……」
『多分、違うもん』
言い終わる前に、彼女の言葉が重ねられた。
『噂なんて知らないよ。気付いたらここにいて、ずっと一人』
『最初は泣きっぱなしだったよ。誰も私に気付いてくれないんだもん』
僕「……」
『泣いて、泣いて、泣いて。十年くらいは泣きっぱなしだった、ずっとうずくまって泣いていたんだもん……』
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:55:56.88 ID:fJ2jl6pYO
僕「じ、十年?」
『うん、それだけ泣いたら慣れちゃって。今度はボーッと外や教室を見ていたの』
僕「そ、それで?」
『……それから七年くらい後かな。いつもみたいに教室を覗いているとね』
「……あ」
『教室の中の女の子と目が合ったの。私に気付いてくれたの』
「……ちょっと、ごめんね。暑いから」
『そう言って、友達のいた教室から出てきて……私の隣に立って言ってくれたんだ』
「こんにちは、今日も寒いわね」
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:02:50.28 ID:fJ2jl6pYO
僕「……その子は?」
『私に気付いてくれた……たった一人のお友達。放課後とか、よくこのベランダでお話したんだよ』
『楽しかったな……』
僕「水溜まりから話しかけたんじゃないの?」
『その子は違うよ、何もしないで本当に私に気付いてくれたの。お話も普通にしてたもん』
僕「そう、なんだ」
『……でも、その子も何年か前にいなくなっちゃった。お別れする前、すごく泣いてた』
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:09:45.18 ID:fJ2jl6pYO
『私はもう泣く事に飽きちゃってたから、ただ寂しいなって思いながら彼女を見てたの』
『それでね、何度も何度も私に言ってた』
「助けてあげられなくてごめんなさい、雪が降るまで一緒にいてあげられなくて、ごめんなさい」
『……』
僕「雪? 助けるって?」
『わかんない、ただ謝ってだけだったもん』
僕「いなくなったって事は……卒業かな?」
『ううん、お引っ越し。とても遠い所に引っ越すんだって言ってた』
僕「そう、なんだ……」
93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:15:13.13 ID:fJ2jl6pYO
『お別れの日も雨が降っていてね……ちょうど僕ちゃんが立っている辺りかな、その女の子が何か落とし物したみたいだった』
僕「落とし物?」
『あまりよくは見えなかったけど……でも、次の日からね、私の声が聞こえるようになったんだよ』
僕「この……水溜まりの辺り?」
『うん。逃げちゃう人ばかりだったけど……嬉しかったよ。私の声が聞こえてるんだ、って思うと』
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:20:10.86 ID:fJ2jl6pYO
『えへへっ、実はね、こういう風に話せるようになってからまだ一年くらいしか経ってないんだよ』
僕「えっ?」
『一年で色んな人に逃げられちゃったけど……でも誰とも話せなかった十七年に比べたら……』
『こんなに早く、お話できる人に会えると思ってなかった。あの子のおかげ……だから私今、とても幸せだよ』
僕「……」
情報が多すぎて、何を聞き返せばいいのかわからない。
水溜まりの中には、ニコニコと年相応の笑顔を見せた女の子がいる。
その笑顔は、本当に幸せそうだった。
95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:26:56.03 ID:fJ2jl6pYO
彼女の話を聞き終わった後、学校で最後のチャイムが鳴った。
こんなに遅くまで話していたんだ……。
『あ、じゃあまたね……水溜まりができたらお話しよう』
僕「……」
僕は小さく、バイバイとだけ言うと学校を後にした。
雨はもうすっかり弱くなっていて、帰る途中では雲の向こうにうっすらと月が見えるくらいにまでなっていた。
……帰りながら、僕は今日の彼女の話をずっと思い返していた。
96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:32:33.74 ID:fJ2jl6pYO
まず、彼女は十八年も前からあの場所にいる。
理由は不明だが、嘘を言っていた様子はない。
そして十七年目のある日、彼女を見る事ができる女の子に出会って……。
引っ越しでお別れする日、助けられなくてごめんなさい、と言われる。
僕(水溜まりに、彼女は何か残していったのだろうか?)
彼女がいなくなった次の日から、水溜まりを通して誰かと話す事ができるようになった。
そして、一年間話し続けた結果……僕とこうして話すようになった。
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:38:51.59 ID:fJ2jl6pYO
僕「……」
一通り考えてみた後、僕にはもう、一つの事実しか浮かんでこない。
僕「あの子は……地縛霊、なのか」
本で読んだ事がある。
自分が死んだ事に気付かず、ずっと成仏できずに同じ場所にとどまっている……。
うろ覚えだが、そんな感じの霊だったはずだ。
彼女は自分が死んだ事に気付いているのだろうか。
そして、何より地縛霊は危険な存在だと書いてあった気もする……。
僕「でも……」
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:43:45.57 ID:fJ2jl6pYO
『くすっ、水溜まりじゃないとお話してもムダだもん〜』
『給食美味しそうだったね〜……ピーマンなんて残して、こっども〜』
『……お話できて、嬉しかったんだよ』
まだ数える程しか話してないけれど、僕には彼女の表情が嘘だとは思えなかった。
ただ友達と遊びたい、それだけの女の子……。
今の彼女からは、それ以外の感情は伝わって来ていない。
僕「……」
そんな調子だから僕は、彼女を悪い霊だと考える事をすぐに止めた。
99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:48:28.79 ID:fJ2jl6pYO
僕(そうだよ、お話していて楽しいんだもの)
僕(……霊なら、今度何かお供え物でも持っていこうかな。気持ちが伝わればいいって話も聞くし)
僕(うん、そうしよう!)
僕は、誰もいない道の真ん中で一人納得したかのように走り出した。
彼女と一緒に話していると、何故だか自然と元気になり、また不思議な気持ちにもなった。
白いワンピースを着た彼女の姿が、僕の頭の中に居座り始めた。
僕は、これからの冬を楽しく過ごせる気がしていた。
空はこんなに真っ暗なのに。
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:55:44.94 ID:fJ2jl6pYO
僕「おやすみなさい……」
布団に入り眠る前に、微睡んだ頭で僕はもう一度彼女を思い出す。
『……またね』
「もう一緒に遊べないの、ごめんなさい」
思い出した姿は、なぜか別れの場面だった。
彼女は寂しそうだけど淡々と、一方の女の子はわんわんと泣きながら涙を流している。
「……雪が降るまで、一緒にいないと……」
いないと?
『大丈夫だよ、私そんなのへっちゃらだもん』
言葉ではそう言いながらも、彼女はよくわからない、と言った表情で泣いている女の子をただ見ていた。
102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:59:38.67 ID:fJ2jl6pYO
「うっ……ぐすっ、ぐすっ……うわあああん……」
友達と別れるのは、そんなに悲しい事なのか。
僕はぼんやりとしながらそれを見ていた、まるで自分もその場に居合わせているかのように。
『大丈夫だよ、私はずっとここにいるんだから。会いたくなったらまた会いに来てよ』
「……」
泣いている女の子は、もう何も言わなかった。
103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:07:03.14 ID:fJ2jl6pYO
「……」
場面が変わって、ベランダから校庭を見下ろすような視点に今は変わっている。
ああ、これは夢なんだと途中で気付いた。
校庭の真ん中では、さっきまで泣いていた彼女が……傘で水溜まりの中を何かなぞっている。
雨は容赦なく彼女に降り注いでいる。
それでも、彼女は傘をさそうとせずに、ずっと水の中をいじっている。
僕(ああ、そういえば校庭の七不思議があったっけ)
僕(好きな人の名前を土に書いて、一晩経つと両思いになれるとか)
僕(休みの日に、校庭の真ん中で名前を呼ぶとその人も学校に遊びに来て仲良くなれるとか……)
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:13:29.98 ID:fJ2jl6pYO
いわゆる、おまじない的な不思議を僕は覚えていた。
「……」
でも、彼女がしている動きはそれとは全く違っていて。
僕(……あ、目が覚めそうだ)
なんとなく、意識がその場から遠のく気がした。
彼女は頭に付けていたピンクのヘアピンを外して……それを水溜まりの中に落とした、ように見えた。
……それを落とした瞬間、僕の意識は朝の七時半に飛んだ。
105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:21:39.65 ID:fJ2jl6pYO
僕「……変な夢」
太陽がまぶしい通学路の途中、僕は一人言を呟いた。
昨日彼女に聞いた通りの、夢の内容。
見えたシーンは細かく違ったが……頭の中で記憶が整理された証拠なんだろうか。
難しい事はよくわからないけど……一つだけ覚えている事がある。
僕(雪が降るまで、一緒に……)
この言葉が、僕の頭にずっと引っ掛かっていた。
107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:29:30.24 ID:BDomscUS0
このシリーズ好きだわ
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:29:34.35 ID:fJ2jl6pYO
雪が降ったらなんだと言うんだろう。
雪がダメなら、雨でも十分ダメなんじゃないのか?
僕(それに……雪なんて殆ど見たことないよ)
僕は、生まれてから一度も雪が積もった景色を見た事がなかった。
この地域では、雪はほとんど降る事がない。
もし降ったとしても少量の粉雪程度で……その粉雪ですら、毎年降るか降らないか微妙な所なんだ。
僕(だから、そんな事気にしないでいいのに)
僕は、泣いていた女の子に語りかけるように心の中で呟いた。
そして何より、学校に着くと……そんな呟きさえ忘れてしまうくらいの事件が僕を待っていた。
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:36:24.95 ID:fJ2jl6pYO
僕「おは……」
「おお〜っ! 幽霊に取りつかれた僕くんが来たぞ!」
教室に入って一番に聞こえたのは、例のガキ大将のバカみたいにデカイ声だった。
声の大きさもそうだが、話の内容に僕は戸惑ってしまう。
「なあなあ、昨日校庭で誰と話していたんだよ! なあ!」
容赦なく、大きな声が僕を追い詰める。
僕「え……な、なにが?」
話が全く見えてこない。
「昨日誰かと話してたろ! 俺、見ちゃったんだってば!」
110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:41:23.53 ID:fJ2jl6pYO
「学校の近くを通ったらさ、お前が一人で校庭にいるじゃん! で、ちょっと近付くと……何か誰かと話してたろ!」
僕「……」
校庭の真ん中辺りなので、たしかに僕の姿を目視するのは簡単だろう。
「俺、門の近くからこっそり聞いてたんだけどさ! 明らかに女の子の声がするんだもん!」
僕「……」
111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:45:04.30 ID:fJ2jl6pYO
水溜まりの中に、二階教室のベランダを捉えるためには……覗き込む角度をちょっと変える必要があった。
そこにちょうどいい位置となると……確かに、正面の門にやや寄る形となる。
僕(すぐ後ろに、いたのか)
「なあ、あれってやっぱり七不思議の幽霊か!」
「え〜僕くん幽霊と話してるの」
「やだ、怖い……」
「とりつかれそう〜……」
「なあ、どうなんだよ! 言わないとこれから幽霊って呼ぶぞ!」
112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:49:49.34 ID:fJ2jl6pYO
僕(知らないよ、そんなの……)
周りからは、よくわからない声がずっと鳴っている。
窓の向こう、ベランダにいる彼女も……これを見ているんだろうか。
ずっとそこにいるって言ってたから、多分全て見て聞いているんだろう。
僕には彼女の姿は見えないけれど、以前話した時みたいに……無邪気な笑顔で僕を見ていない事だけはわかる。
僕(友達が欲しい……それだけじゃないのかよ)
こいつらに彼女の気持ちなんて、絶対にわかりっこないんだろうな。
113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:55:58.20 ID:fJ2jl6pYO
僕は何も言い返せないまま、席に座った。
何を言えばいいのかわからない、そして何より……ベランダの向こうから痛々しいくらいの視線を、僕は感じた。
彼女はじっとこちらを見ているんだろう。
その表情は泣きそうなんだろうか、いや、泣く事には飽きたって言ってたから……。
何も言えなかった僕を、恨めしそうに見ているんだろうか。
それとも霊をバカにしたクラスメイトたちを睨み付けているんだろうか……。
僕(ああ、あの女の子がいれば、彼女に話してもらう事ができるのに)
机に突っ伏した僕は、真っ白な頭の中でそんな事だけを考えていた。
114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:01:26.19 ID:fJ2jl6pYO
女「……ねえ、僕ちゃん。僕ちゃん」
女に肩を揺すられ、僕は顔を起こした。
女「よかった、泣いてはいないんだ」
見ると、周りには女の他にも……数人の友達が僕の机に集まっていた。
彼らは僕を助けてくれるグループらしい。
僕はちょっとだけ安心をした。
たった数分、一人ぼっちになっただけでも僕の心は折れてしまいそうだった。
十七年も一人でいた……ベランダにいる彼女の事が、また気になってしまう。
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:06:49.75 ID:fJ2jl6pYO
僕「……ちょっと、暑い」
そう言って、僕は窓を開けベランダに出ていった。
冬の空気が僕の頭を冷やしてくれる。
ストーブの機械が音をたて、ゴウゴウと揺れ動いている。
ガスのような匂いがする。
僕はその匂いと冷たい風に包まれながら……手すりに両腕をのせた。
隣にいる彼女は、今どういう格好でここにいるんだろう。
僕に彼女の姿を見ることはできない。
116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:10:37.04 ID:fJ2jl6pYO
僕「……怒った? ごめんね」
僕は誰もいないベランダで会話を始めた。
確かに、この姿だけを見られたら変に思われるかもしれない。
でも、隣には彼女がいて僕の話を聞いている。
何も変な事はない。
僕「ひどいよね、人を幽霊扱いしてさ」
僕「僕は、君の事は何も知らない。あいつらだってそうだよ、君がどんなに可愛くていい子かだって……」
117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:15:57.70 ID:fJ2jl6pYO
僕「それがわかれば、絶対あんな事言わないはずなのにね」
当然……声は返ってこない。
僕「……ねえ、みんなの前でお話していい? 君は水溜まりの中にいて、こんなにも可愛く笑うんだって」
僕「……」
僕「ダメかな?」
返事はないとわかっているのに、つい疑問形を使ってしまう。
……でも、聞かないでも答えはわかっている。
多分、彼女は嫌だと答えているだろう。
確証なんてないけれど……。
119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:20:08.17 ID:fJ2jl6pYO
僕「……そろそろ授業だから戻るよ。また雨が降ったら」
そう言って、窓を開けようとした瞬間……ギッと枠の金属が嫌な音をたてた。
僕「……」
開かない。
鍵は閉まっていないのに。
それとも立て付けが悪くなったんだろうか、何か強い力に押さえ付けられているように……教室への窓は開かなくなっている。
僕「……気持ちはわかるけどさ」
120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:28:13.88 ID:fJ2jl6pYO
僕は後ろを向かずに話し続けた。
僕「僕は教室に戻らないと……また昼休みになったら来るからさ」
僕「だから、お願い。こんな事しないでよ……」
……スッと押さえ付けられていた力が消え、僕は教室に入る事ができた。
僕は鍵を閉めないまま、机に戻ろうとしたが……。
カチャリ。
後ろでは、誰かが鍵を閉めた音が確かに聞こえた。
あの鍵は、次に僕が開けるまで……絶対に開かないだろう。
ストーブで暖められた部屋なんかよりも……。
彼女と一緒に過ごす、少し寒いくらいの空間の方が幸せだと感じたのは、僕も彼女も同じらしかった。
僕たちは窓一枚を隔てて、また別の空間で過ごし始めた。
121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:40:36.44 ID:fJ2jl6pYO
……それから何日かは、ベランダで一人言を呟く日が続いた。
雨が降らなかったのが一番の理由だ。
女「ねえ僕ちゃん、コンビニ寄ってこうよ」
僕「ま、また? もうこれで五日間連続だよ?」
女「いいの! 今日はピザまんの日だよ!」
僕「……た、たまには駄菓子屋さんでいいじゃん」
女「私、甘い味とかって苦手だもん。駄菓子屋さんは今度にしようよ」
僕「……いつも今度今度って、結局一回も行かないじゃん」
女「いいの! 本当にいつか行ってあげるから、今日はピザまん食べよ!」
僕「ちぇ〜……」
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:47:12.93 ID:fJ2jl6pYO
雨が降らない、会話ができない、会う事ができない。
今月は、最後に会った日以来雨が降っていない。
ベランダで話しても、会話は僕の一方通行。
そして、女と一緒に中華まんを食べる日々。
僕は冬の中で、少しづつ彼女の事を忘れていた。
あと三日もすれば、学校は冬休みに入ってしまう。
一応、週間天気予報はチェックしていたが雨のマークは見当たらなかった。
女「早く行こうよ〜」
僕「ま、待ってってば」
そして、冬休みが始まると僕は彼女に会う事すら考えなくなっていた。
123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:55:37.52 ID:fJ2jl6pYO
僕が彼女の事を思い出したのは、クリスマスが終わって……もう今年が終わりそうになる二日前だった。
その日は、朝から雨が降っていた。
そこそこ強い雨音が、屋根を叩いていたのを覚えている。
今日は彼女に会えるかもしれない、そう思ったが冬休みに学校まで出かけるのは何だか面倒に感じた。
僕は、結局お昼くらいまで布団の中で過ごしていた。
テレビからは、この雨が夕方までには雪に変わりそうになる事……。
もしかしたら記録的な初雪になりそうな事をニュースでやっていたが……布団の中の僕は、そんな事も知らずにただ夢を見ていただけだった。
124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:02:10.77 ID:FpeXKyf/O
結局、ダラダラと寝過ごして……目が覚めたのは午後の三時を過ぎた辺りだったと思う。
両親からの嬉しそうな、雪が降っているぞ、という声で僕は目を覚ました。
寝室の窓から、外を見ると真っ白い大きな雪の粒が空から降っているぞ。
僕(これが雪なんだ)
なぜだかわからないが、僕は無駄に元気になってしまった。
雪が降るとワクワクすると聞いていたが、まさにその通りだった。
126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:08:57.59 ID:FpeXKyf/O
僕(雪がつもったら雪合戦とかできるのかなあ)
そんな想像をしていた。
僕(この寒さの中……女ちゃんと一緒に肉まん食べたら美味しいんだろうな)
どうしても、女の名前が先に出てきてしまう。
僕(……校庭も雪だらけかな。さすがに雪じゃあ水溜まりは出来ないから)
次に、水の中の彼女が頭を過る。
僕(……あれ? 雪って確か)
そして最後に、一番大事な記憶が僕の頭に再生された。
「雪が降るまで、一緒にいてあげられなくてごめんなさい」
128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:14:12.44 ID:FpeXKyf/O
僕「ち、ちょっと出かけてきます! 夕方には戻るから!」
大急ぎで服を着替え、僕は自転車に乗って学校へ向かった。
言葉の意味はわからないけれど、彼女と話す事ができたあの子の言葉だ……。
そして、降る事なんてあり得ないと思っていた、この大雪。
僕は、彼女に会うために必死で自転車を漕いだ。
アスファルトの道路には、うっすらと雪が積もっている。
自転車が通ると、タイヤの跡がくっきりと残った。
雪道の怖さなんか知らずに……僕はただ小学校に向けて走っていた。
129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:21:53.37 ID:FpeXKyf/O
閑静な住宅街を抜けて、両脇には田畑が見えるようになる。
道は広く、車も通っていない。
僕は真っ直ぐに見える道を全力で走った。
雪が顔に当たりっぱなしだったけれど……フードを被ってそれをしのいだ。
雪は積もっていたけれど、特にスピードが遅くなるわけでもない。
一気に小学校までの道を進む。
僕(この道を曲がれば、あとは真っ直ぐ……)
角を曲がれば、遠目に小学校が見えてくる。
でも、僕は雪道で曲がる方法を知らなかった。
普段と何も変わらないスピードで道を曲がろうとして……。
僕(……!)
僕の体は傾いて、アスファルトの路面を滑るように思い切り擦っていった。
130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:28:14.98 ID:FpeXKyf/O
僕「う、うっ……」
車が来ていたら、僕は間違いなく轢かれていただろう。
僕「い、いたっ……」
右膝と右手を地面に思い切り擦ってしまった。
手の先……特に人差し指と中指の辺りからは特に出血しているように見えた。
僕(あ、頭、グラグラする)
体を打ったせいだろうか、なんだか頭が重く気持ちが悪い。
しばらくは立ち上がる事ができず、その場に寝転がっていた。
降りかかってくる、雪だけが冷たくて……とても気持ちよかった。
131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:32:06.27 ID:FpeXKyf/O
僕「……っ」
しばらくすると痛みが引いたが、相変わらず頭はガンガンする。
それでも行かないと……。
僕は自転車を引きずりながら、学校に向かった。
いつもならたった数分で到着する道なのに……雪と怪我のせいか、とても長く感じる。
体のあらゆる部分が、痛い。
132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:38:55.11 ID:FpeXKyf/O
僕「つ……ついた」
それでもなんとか学校にたどり着くと……今度はその風景に絶望した。
雪が完全に校庭を覆っている。
ただ真っ白に、土が見えてる部分なんて一ヶ所もない。
僕「嘘……」
自転車を放り出して、僕は水溜まりのあった場所へ向かった。
そこも既に雪で覆われている。
僕「……」
彼女の声は聞こえなかった。
雪の音だけが僕の耳に、しんしんと鳴り響いている。
133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:43:40.51 ID:FpeXKyf/O
僕「……ごめん」
僕は謝りながら、その場所の雪を両手で除け始めた。
僕「雨が降ったのに、会いにこれなくてごめんね」
右手の指先が、血と雪のせいでパリパリに固まっている。
僕の中指と人差し指が、熱を持って離れない。
僕「雪なのに、一緒にいられる事ができなくて……」
何をすればいいのか、そんな事はわからない。
でも、僕には何かができた、今になってそんな気がする。
僕「謝るから……だから」
僕「いいかげん返事をしてよ……このままバイバイなんて嫌だよ」
134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:50:29.94 ID:FpeXKyf/O
『……むいよ』
僕「!」
雪の中から声がする。
『さむい……よ……たすけて、ぼく……』
その声は確かに彼女の声だった。
僕「ねえ、そこにいるの! ねえってば!」
『さむい……つめたいよ……こわい……』
水溜まりは出来ていないので、彼女の姿は確認する事ができない。
僕はただ、必死になって雪を掘り返した。
何をすればいいかは、わからなかったけど……。
僕「あ……これ」
僕は雪の中からピンクのヘアピンを見つけ出した。
135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:55:22.07 ID:FpeXKyf/O
僕「これはあの子の……」
どうして雪の中にこのヘアピンがあったかはわからない。
この辺りの地面は何度か探索をしたはずなのに……今になって見つかるなんて。
僕(……なんだこれ、暖かい)
そのヘアピンを手に取った瞬間、僕は不思議な気持ちになった。
うまくは言えないけれど、人に優しくしてもらった瞬間の……あの温もりが、僕の体を走った。
『あ……それ、暖かい……』
見えない彼女が、反応をした。
136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:59:21.77 ID:FpeXKyf/O
僕「ほ、本当に?」
『うん、なんだか楽になって……寒いのも……』
それでも、まだ声が辛そうだ。
ここで水溜まりのあった場所に近づけても、効果が薄いのか?
僕「それなら……今からそこに行くよ」
『え……』
僕「これを持って、そこまで行く。すぐだから、待ってて」
『……本当にすぐ?』
僕「うん、僕を信じて」
『……』
『わかった、窓の鍵……開けて待ってるからね』
遠い遠い、教室までの道が始まった。
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:02:44.19 ID:FpeXKyf/O
雪の積もった校庭を、一歩、また一歩進んでいく。
相変わらず、雪は僕に容赦なく降り積もってくる。
僕「ぐっ……」
このヘアピンを持っていると、不思議と体の痛みは和らいだ。
玄関前の階段も、なんとか昇る事ができた。
僕「あとは、玄関を開けて……教室に入れば」
……玄関?
138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:06:59.00 ID:FpeXKyf/O
僕「あ」
正面玄関の前まで来て、僕は気が付いた。
いくら彼女が教室の窓を開けてくれていても……この扉が開いていなければ、僕は学校内に入る事はできない。
冬休みが始まった直後なら誰か先生もいたかもしれないが……。
僕「こんな時じゃあ先生なんているはずないじゃないか……」
僕は……その場で泣き出しそうになった。
139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:11:05.59 ID:FpeXKyf/O
『……待ってるから』
雪の静かな音に紛れて、彼女の声が聞こえた……気がした。
僕(……そうだよ、約束だもんね)
僕は、ヘアピンを握りながら玄関の扉を押してみた。
絶対に開いてるはずなんかないと思っていた。
しかし、扉は意外にもあっさりと開いた……鍵がかかっていた様子はない。
僕(これは……彼女が?)
今の僕には、そう信じるしかなかった。
ヘアピンを握りしめ、僕は三年生の教室に向かった。
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:19:17.23 ID:FpeXKyf/O
約束通り、窓の鍵は開いていた。
僕はふらつきながらも、外へ飛び出していく。
僕「はぁ、はぁ……来たよ」
『……』
僕「これ……あげる。ちょっと遅いけど、クリスマスプレゼント」
僕「来年は、ちゃんとしたのを買ってくるから、はい……」
『……』
ヘアピンを、そっと彼女に手渡した。
僕「……」
『どう、かな? 似合う』
僕「うん、綺麗だよ。とても……すて……」
『……ありがとう』
優しい声と笑顔に包まれながら、僕は彼女に寄り添うように倒れた。
衝撃を覚えた瞬間、ふわっと甘い髪の毛の匂いがしたけれど……僕はそれから、気を失ってしまった。
141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:19:35.49 ID:33SUvtiLP
つかまえてシリーズいつも楽しみにしてます^^
142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:26:41.83 ID:FpeXKyf/O
僕「……」
僕「……ん」
「あ、気が付いた僕くん」
僕「あれ、ここは……保健室? どうして保健の先生がいるの?」
「どうしてじゃないでしょ! 物音がするから教室に行ってみたら、血だらけで倒れてるんだもの……」
僕「……?」
「私は、ちょっと用事で学校に来ていたの。全く、玄関戸締まりする前に気付いてよかったよ」
僕「先生が……玄関を?」
「他に誰もいないでしょ? 一応、親御さんに連絡しておいたから。全く、遊ぶのもいいけど無茶はダメですからね!」
僕「……はい」
143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:31:41.96 ID:FpeXKyf/O
僕「ね、ねえ先生」
「ん、どうかした僕くん?」
思わずヘアピンや彼女の事を聞きそうになってしまった。
寝起きで頭が混乱している……僕は慌てて他の話題を探した。
僕「あ、あの……え、偉いですよね。もう大晦日なのに学校で働くなんて……は、はい」
「……」
僕(あ、あれ?)
保健室内の空気が、一気に重くなった気がした。
僕「せ、先生?」
「……ふう。そんな仕事だとか立派なものじゃないのよ。私はただ……」
「ただ……」
先生の唇が、小さく震えていた。
その後、先生は重苦しそうにこんな話を僕にしてくれた。
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:36:59.07 ID:FpeXKyf/O
「昔ね、この小学校に通う……ある女の子がいたの。僕くんの一つ下……ううん、死んじゃった時に二年生だったから同い年ね」
「その子はね、三年生になる事をとても楽しみにしていたの。どうしてかわかる?」
「……そう、教室が一階から二階に変わるでしょ。彼女、二階からの眺めに憧れていたみたいでね、それだけで文集とか書いちゃう子だったのよ」
「冬休みに入って、本当に今くらいの時期かしらね。その子が学校に忘れ物を取りに来たの」
146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:40:54.73 ID:FpeXKyf/O
『せんせ〜』
「あら、どうしたのこんな時間に」
『フデバコ忘れちゃった〜』
「あらあら、えっとじゃあ一緒に探してあげるわよ。二年生の教室よね?」
『わ〜い、ありがとうせんせ〜!』
僕「……」
「無邪気で、可愛い女の子だったわ」
「忘れ物を見つけて、その子を帰そうとした時……突然その子が言い出したの」
『二階の教室から、お外を見たい』
って……。
147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:45:03.86 ID:FpeXKyf/O
「その子が二階を好きなのは知っていたから、一緒に階段を上がって……教室のベランダに連れていったの」
『うわあ〜』
『すごいよ! 雪がたくさんたくさんふってるよ!』
「あんまりはしゃいじゃ危ないわよ、はい、おしまい」
『ええ〜、もっともっと見たいもん〜!』
「……あのね、この冬休みが終わったら、学校もあと少しで終わるでしょ?」
『うん、終わり〜』
「その学校がまた始まったら……今度はこの教室でお勉強できるんだよ?」
『!』
『そっか〜、そうだよね』
『私、早く学校終わらせて三年生になるもん』
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:51:31.63 ID:FpeXKyf/O
僕「……」
「彼女、とても嬉しそうに雪景色を見ていたの。赤い筆箱を持って、楽しそうに校庭を走って行ったの」
「……その五分後にね、学校に電話が掛かってきたの。」
「おたくの学校の生徒さんが車にはねられた、って」
……。
「すぐに現場に向かったわ、あそこの……ほら、あの十字路。ここから見えるでしょう」
「……雪でタイヤがスリップしての事故ですって」
151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:57:37.77 ID:FpeXKyf/O
「普段は雪なんて降らないから……ううん、だからこそタイヤ交換を怠ったんでしょうね」
「……現場は酷い物だったわ」
『……え……せんせ……』
「まだ息はあったけど、半端に医療の知識があるから……私にはわかったの。この子はもう助からないって」
「でも、私は……」
「大丈夫だから、絶対よくなるから。治ったら……一緒にベランダでお外見ようね」
『…………』
「冬が終わったら、すぐに暖かくなるから……梅や桜が咲いて、一緒にお花見して……」
『……』
「だから……だから……」
『……』
152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:01:13.20 ID:e3h+yEYu0
支援
153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:08:57.11 ID:FpeXKyf/O
「ほら、筆箱、また忘れてるよ。もう……そんなんじゃ立派な三年生……に……」
『……』
「先生、もうその辺で……眠らせてあげましょうよ……」
「っ! まだ心臓は動いてるじゃない! ちょっと意識が無いだけで……話していればすぐに回復するわよ!」
「ですが、もう体が……先生ならそれもわかるでしょう……」
「……」
『……ぁ』
「!」
『せん……』
「わかる!? 大丈夫だからね! 早く元気になって、一緒にお外……」
『……』
小さく口をニ、三回パクパクと動かすと……そのまま女の子は眠った。
もう少女が笑顔を見せる事はなかった。
154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:17:19.88 ID:FpeXKyf/O
僕「……」
「この学校に再び勤務するようになって……そしたらまた珍しく雪なんて降るから」
「何か嫌な予感がして学校に待機していたら、僕くんが血だらけで倒れていたってわけ」
僕「……」
「さすがに帰り、自転車じゃ危ないから送っていくわ。タイヤもちゃんと変えてあるから、安心して」
僕「あ、あの……その女の子は」
「ん?」
僕「……いえ、なんでもありません」
「そう? じゃあもう帰る? 連絡はしたけど、遅くなると心配させちゃうでしょ」
僕「あ、その……」
僕「少しだけ、待っていてくれませんか」
156 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:21:49.81 ID:FpeXKyf/O
『……』
ガラッ。
『ん……』
僕「……」
『あ……怪我、大丈夫?』
僕「うん、大丈夫」
『そっか、帰らないの?』
僕「お話したら、帰るよ。先生を待たせてるからね」
『ふふっ、あの先生はワガママ聞いてくれるから大丈夫だよ』
僕「……うん」
『ワガママは聞いても、絶対にお家まで送り届けると思うけどね』
僕「それも、わかるよ」
『うん……』
「……」
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:27:27.33 ID:FpeXKyf/O
『今日雪が降った瞬間さ』
僕「うん」
『嬉しいはずなのに、同時にとても怖くなって……体が冷たくなったの』
『昔と一緒だった』
僕「……」
『でも、僕ちゃんの声が聞こえて、このヘアピンから温もりをもらって……』
『私、大丈夫だったよ。まだ元気に……ここにいられるよ』
僕「うん……」
『冬休みが終わったら、たくさんお話しようね。私、ずっとここにいるから』
僕「うん、約束」
『えへへっ……絶対の約束だよ』
158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:33:01.91 ID:FpeXKyf/O
……。
「自転車はまた晴れた時に学校に取りに来なさい」
僕「は〜い。あ、ねえ先生」
「はい?」
僕「先生も、ヘアピンとかするの? 例えばピンク色の……」
「先生、ちょっと癖っ毛だからそういうのはあまりしないのよ。どうして?」
僕「な、なんでもないです」
「……変な僕くん」
彼女は言っていた、いつかこのヘアピンを残してくれた子に会ってお礼がしたいと。
お世話になった先生に何か関係があるのでは、という僕の推理は外れ、僕はこのまま家に帰っていった。
小学校のベランダでは……彼女が一人で楽しそうに雪に染まった校庭を見つめていた。
159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:42:33.63 ID:FpeXKyf/O
あれから、冬が終わって春が来て。
また冬が終わって……僕たちはもう六年生になっていた。
僕は相変わらず、雨の日は水溜まりに向かい彼女と校庭で話していた。
教室が変わる度に、いい位置の水溜まりを見つけるのに苦労したが……今ではもう慣れたものだ。
『あははっ、今日も楽しかったよ』
「うん、じゃあまた……」
ヘアピンのおかげで、彼女とは常に話せるようにはなっていたみたいだけど……僕も彼女も、あえて今のままで会話をする事にしていた。
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:46:16.07 ID:FpeXKyf/O
ベランダで二人並んで、景色を見れればいい。
僕たちはそれで幸せだった。
春の暖かい空気、夏に吹く涼しい風……。
秋の落ち葉の豊かな匂い、そして冬の冷たい空。
一緒に四季を感じて、雨が降ったらたまにお話をする。
僕と彼女はそんなスタイルに満足していた。
……。
『もうすぐ、卒業だね』
しかし、そんな時間もあと少しで終わってしまうんだ。
161 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:49:47.74 ID:FpeXKyf/O
『僕ちゃんがいないと寂しくなるな〜……』
僕「また誰かに話しかければいいじゃない」
『……また一からスタートもな〜。あ、中学校にあがっても会えるかな?』
僕「……さあ、中学校はこことは正反対だからね。時間だって出来るかわからないし」
『そっか、そうだよね。でも、私一人でも大丈夫だもん、このヘアピンと……僕ちゃんに貰った』
僕「……あれ、僕ヘアピン以外に何かあげてたっけ?」
『ふふっ、内緒』
僕「なんだよそれ〜」
『放課後女ちゃんを誘ってさ、一緒に外に出たのは見てたよ』
僕「まあ、ベランダからなら見えるだろうな」
『でも、外に二人の姿が見えても……何も聞こえなかった。だから覚えてないんだもん』
僕「ふうん?」
『私ね、きっと雨が降らないとお話出来ないんだよ』
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:18:07.56 ID:fJ2jl6pYO
『誰かに話しかけて聞いてもらえるのも、声が届くのも……雨の日だけ』
僕「……ねえ、みんなに話しかけて声が届いたのは、どの場所?」
『そこの僕ちゃんが立ってる辺りだよ〜……ベランダから教室に話しかけても、誰もこっちを見てくれないんだもん』
『雨の日にその辺りに人が来るとね、あ、お話できるって感じるの』
僕「それはどうして?」
『わかんないもん……』
僕「わかんない、ね」
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:22:17.27 ID:fJ2jl6pYO
僕「……まあ理由はなんでもいいのかもね」
『……』
僕「こうやってお話出来てるんだからさ、ね?」
『……』
『考えるのが、面倒になったんでしょ?』
僕「あ、バレた?」
『……くすっ』
落ち込んでいた彼女が、少しだけ笑ってくれた。
『もう、すごい適当な人なんだね僕ちゃんて』
僕「そうかな? あまり細かい事は気にしないだけだよ」
『……確かに、見てるとすごい適当な人間だもんね』
僕「え? 見てるとって、何を?」
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:26:10.36 ID:fJ2jl6pYO
『授業の様子とか、友達付き合いとか見てると……ああ、ゆるゆるな人間だな〜って』
僕「……見てるの?」
『うん。暇な時間はずっと教室見てるよ。クラスみんなの名前だって知ってるし、誰がどんな性格かだって……わかるもん』
僕「それはそれで何か怖いよ」
『くすっ、だって楽しそうなんだもん。いいよね、小学校ってさ』
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:26:26.17 ID:LbvLBbftO
このスレタイ見覚えがある
僕「小学校で」女「つかまえて」
みたいな
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:30:57.52 ID:fJ2jl6pYO
『お友達がたくさんいて、まだ勉強も楽しい時期で……毎日新しい刺激ばっかり』
『女ちゃんみたいに探検したり、放課後の学校でかくれんぼしたりとかさ……』
小学校の事を語る彼女の口調は、とてもサッパリとしている様子だった。
見た目的には、僕たちと同じ年齢に見えるくらい幼いのに……言葉の一つ一つが重苦しく感じた。
僕「……」
『楽しそうだよね、本当にうらやましいよ』
そう言えば、僕は彼女の事を何も知らない。
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:41:24.03 ID:fJ2jl6pYO
僕「ねえ」
『……な〜に』
手すりに腕をのせて、それを枕にしている。
遠い表情をしながら返事をする彼女に……僕は思いきって尋ねてみた。
僕「あのさ、君は一体誰なの?」
『私?』
僕「……」
考えてみれば当然だった。
水溜まりにだけ映る少女、動かずずっと同じ場所にいる。
僕「僕は先入観から、七不思議の一つの……ただの噂の女の子だと思っていた」
『……うん、そんなお話もしてたね』
僕「本当に君がそうなの?」
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:47:22.74 ID:fJ2jl6pYO
『噂や七不思議なんて、どこの学校にもあるでしょ。学校のどこかに女の子が出るなんて話……』
僕「じゃあ、君は噂によって生まれた……」
『多分、違うもん』
言い終わる前に、彼女の言葉が重ねられた。
『噂なんて知らないよ。気付いたらここにいて、ずっと一人』
『最初は泣きっぱなしだったよ。誰も私に気付いてくれないんだもん』
僕「……」
『泣いて、泣いて、泣いて。十年くらいは泣きっぱなしだった、ずっとうずくまって泣いていたんだもん……』
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 20:55:56.88 ID:fJ2jl6pYO
僕「じ、十年?」
『うん、それだけ泣いたら慣れちゃって。今度はボーッと外や教室を見ていたの』
僕「そ、それで?」
『……それから七年くらい後かな。いつもみたいに教室を覗いているとね』
「……あ」
『教室の中の女の子と目が合ったの。私に気付いてくれたの』
「……ちょっと、ごめんね。暑いから」
『そう言って、友達のいた教室から出てきて……私の隣に立って言ってくれたんだ』
「こんにちは、今日も寒いわね」
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:02:50.28 ID:fJ2jl6pYO
僕「……その子は?」
『私に気付いてくれた……たった一人のお友達。放課後とか、よくこのベランダでお話したんだよ』
『楽しかったな……』
僕「水溜まりから話しかけたんじゃないの?」
『その子は違うよ、何もしないで本当に私に気付いてくれたの。お話も普通にしてたもん』
僕「そう、なんだ」
『……でも、その子も何年か前にいなくなっちゃった。お別れする前、すごく泣いてた』
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:09:45.18 ID:fJ2jl6pYO
『私はもう泣く事に飽きちゃってたから、ただ寂しいなって思いながら彼女を見てたの』
『それでね、何度も何度も私に言ってた』
「助けてあげられなくてごめんなさい、雪が降るまで一緒にいてあげられなくて、ごめんなさい」
『……』
僕「雪? 助けるって?」
『わかんない、ただ謝ってだけだったもん』
僕「いなくなったって事は……卒業かな?」
『ううん、お引っ越し。とても遠い所に引っ越すんだって言ってた』
僕「そう、なんだ……」
93 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:15:13.13 ID:fJ2jl6pYO
『お別れの日も雨が降っていてね……ちょうど僕ちゃんが立っている辺りかな、その女の子が何か落とし物したみたいだった』
僕「落とし物?」
『あまりよくは見えなかったけど……でも、次の日からね、私の声が聞こえるようになったんだよ』
僕「この……水溜まりの辺り?」
『うん。逃げちゃう人ばかりだったけど……嬉しかったよ。私の声が聞こえてるんだ、って思うと』
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:20:10.86 ID:fJ2jl6pYO
『えへへっ、実はね、こういう風に話せるようになってからまだ一年くらいしか経ってないんだよ』
僕「えっ?」
『一年で色んな人に逃げられちゃったけど……でも誰とも話せなかった十七年に比べたら……』
『こんなに早く、お話できる人に会えると思ってなかった。あの子のおかげ……だから私今、とても幸せだよ』
僕「……」
情報が多すぎて、何を聞き返せばいいのかわからない。
水溜まりの中には、ニコニコと年相応の笑顔を見せた女の子がいる。
その笑顔は、本当に幸せそうだった。
95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:26:56.03 ID:fJ2jl6pYO
彼女の話を聞き終わった後、学校で最後のチャイムが鳴った。
こんなに遅くまで話していたんだ……。
『あ、じゃあまたね……水溜まりができたらお話しよう』
僕「……」
僕は小さく、バイバイとだけ言うと学校を後にした。
雨はもうすっかり弱くなっていて、帰る途中では雲の向こうにうっすらと月が見えるくらいにまでなっていた。
……帰りながら、僕は今日の彼女の話をずっと思い返していた。
96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:32:33.74 ID:fJ2jl6pYO
まず、彼女は十八年も前からあの場所にいる。
理由は不明だが、嘘を言っていた様子はない。
そして十七年目のある日、彼女を見る事ができる女の子に出会って……。
引っ越しでお別れする日、助けられなくてごめんなさい、と言われる。
僕(水溜まりに、彼女は何か残していったのだろうか?)
彼女がいなくなった次の日から、水溜まりを通して誰かと話す事ができるようになった。
そして、一年間話し続けた結果……僕とこうして話すようになった。
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:38:51.59 ID:fJ2jl6pYO
僕「……」
一通り考えてみた後、僕にはもう、一つの事実しか浮かんでこない。
僕「あの子は……地縛霊、なのか」
本で読んだ事がある。
自分が死んだ事に気付かず、ずっと成仏できずに同じ場所にとどまっている……。
うろ覚えだが、そんな感じの霊だったはずだ。
彼女は自分が死んだ事に気付いているのだろうか。
そして、何より地縛霊は危険な存在だと書いてあった気もする……。
僕「でも……」
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:43:45.57 ID:fJ2jl6pYO
『くすっ、水溜まりじゃないとお話してもムダだもん〜』
『給食美味しそうだったね〜……ピーマンなんて残して、こっども〜』
『……お話できて、嬉しかったんだよ』
まだ数える程しか話してないけれど、僕には彼女の表情が嘘だとは思えなかった。
ただ友達と遊びたい、それだけの女の子……。
今の彼女からは、それ以外の感情は伝わって来ていない。
僕「……」
そんな調子だから僕は、彼女を悪い霊だと考える事をすぐに止めた。
99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:48:28.79 ID:fJ2jl6pYO
僕(そうだよ、お話していて楽しいんだもの)
僕(……霊なら、今度何かお供え物でも持っていこうかな。気持ちが伝わればいいって話も聞くし)
僕(うん、そうしよう!)
僕は、誰もいない道の真ん中で一人納得したかのように走り出した。
彼女と一緒に話していると、何故だか自然と元気になり、また不思議な気持ちにもなった。
白いワンピースを着た彼女の姿が、僕の頭の中に居座り始めた。
僕は、これからの冬を楽しく過ごせる気がしていた。
空はこんなに真っ暗なのに。
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:55:44.94 ID:fJ2jl6pYO
僕「おやすみなさい……」
布団に入り眠る前に、微睡んだ頭で僕はもう一度彼女を思い出す。
『……またね』
「もう一緒に遊べないの、ごめんなさい」
思い出した姿は、なぜか別れの場面だった。
彼女は寂しそうだけど淡々と、一方の女の子はわんわんと泣きながら涙を流している。
「……雪が降るまで、一緒にいないと……」
いないと?
『大丈夫だよ、私そんなのへっちゃらだもん』
言葉ではそう言いながらも、彼女はよくわからない、と言った表情で泣いている女の子をただ見ていた。
102 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 21:59:38.67 ID:fJ2jl6pYO
「うっ……ぐすっ、ぐすっ……うわあああん……」
友達と別れるのは、そんなに悲しい事なのか。
僕はぼんやりとしながらそれを見ていた、まるで自分もその場に居合わせているかのように。
『大丈夫だよ、私はずっとここにいるんだから。会いたくなったらまた会いに来てよ』
「……」
泣いている女の子は、もう何も言わなかった。
103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:07:03.14 ID:fJ2jl6pYO
「……」
場面が変わって、ベランダから校庭を見下ろすような視点に今は変わっている。
ああ、これは夢なんだと途中で気付いた。
校庭の真ん中では、さっきまで泣いていた彼女が……傘で水溜まりの中を何かなぞっている。
雨は容赦なく彼女に降り注いでいる。
それでも、彼女は傘をさそうとせずに、ずっと水の中をいじっている。
僕(ああ、そういえば校庭の七不思議があったっけ)
僕(好きな人の名前を土に書いて、一晩経つと両思いになれるとか)
僕(休みの日に、校庭の真ん中で名前を呼ぶとその人も学校に遊びに来て仲良くなれるとか……)
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:13:29.98 ID:fJ2jl6pYO
いわゆる、おまじない的な不思議を僕は覚えていた。
「……」
でも、彼女がしている動きはそれとは全く違っていて。
僕(……あ、目が覚めそうだ)
なんとなく、意識がその場から遠のく気がした。
彼女は頭に付けていたピンクのヘアピンを外して……それを水溜まりの中に落とした、ように見えた。
……それを落とした瞬間、僕の意識は朝の七時半に飛んだ。
105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:21:39.65 ID:fJ2jl6pYO
僕「……変な夢」
太陽がまぶしい通学路の途中、僕は一人言を呟いた。
昨日彼女に聞いた通りの、夢の内容。
見えたシーンは細かく違ったが……頭の中で記憶が整理された証拠なんだろうか。
難しい事はよくわからないけど……一つだけ覚えている事がある。
僕(雪が降るまで、一緒に……)
この言葉が、僕の頭にずっと引っ掛かっていた。
107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:29:30.24 ID:BDomscUS0
このシリーズ好きだわ
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:29:34.35 ID:fJ2jl6pYO
雪が降ったらなんだと言うんだろう。
雪がダメなら、雨でも十分ダメなんじゃないのか?
僕(それに……雪なんて殆ど見たことないよ)
僕は、生まれてから一度も雪が積もった景色を見た事がなかった。
この地域では、雪はほとんど降る事がない。
もし降ったとしても少量の粉雪程度で……その粉雪ですら、毎年降るか降らないか微妙な所なんだ。
僕(だから、そんな事気にしないでいいのに)
僕は、泣いていた女の子に語りかけるように心の中で呟いた。
そして何より、学校に着くと……そんな呟きさえ忘れてしまうくらいの事件が僕を待っていた。
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:36:24.95 ID:fJ2jl6pYO
僕「おは……」
「おお〜っ! 幽霊に取りつかれた僕くんが来たぞ!」
教室に入って一番に聞こえたのは、例のガキ大将のバカみたいにデカイ声だった。
声の大きさもそうだが、話の内容に僕は戸惑ってしまう。
「なあなあ、昨日校庭で誰と話していたんだよ! なあ!」
容赦なく、大きな声が僕を追い詰める。
僕「え……な、なにが?」
話が全く見えてこない。
「昨日誰かと話してたろ! 俺、見ちゃったんだってば!」
110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:41:23.53 ID:fJ2jl6pYO
「学校の近くを通ったらさ、お前が一人で校庭にいるじゃん! で、ちょっと近付くと……何か誰かと話してたろ!」
僕「……」
校庭の真ん中辺りなので、たしかに僕の姿を目視するのは簡単だろう。
「俺、門の近くからこっそり聞いてたんだけどさ! 明らかに女の子の声がするんだもん!」
僕「……」
111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:45:04.30 ID:fJ2jl6pYO
水溜まりの中に、二階教室のベランダを捉えるためには……覗き込む角度をちょっと変える必要があった。
そこにちょうどいい位置となると……確かに、正面の門にやや寄る形となる。
僕(すぐ後ろに、いたのか)
「なあ、あれってやっぱり七不思議の幽霊か!」
「え〜僕くん幽霊と話してるの」
「やだ、怖い……」
「とりつかれそう〜……」
「なあ、どうなんだよ! 言わないとこれから幽霊って呼ぶぞ!」
112 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:49:49.34 ID:fJ2jl6pYO
僕(知らないよ、そんなの……)
周りからは、よくわからない声がずっと鳴っている。
窓の向こう、ベランダにいる彼女も……これを見ているんだろうか。
ずっとそこにいるって言ってたから、多分全て見て聞いているんだろう。
僕には彼女の姿は見えないけれど、以前話した時みたいに……無邪気な笑顔で僕を見ていない事だけはわかる。
僕(友達が欲しい……それだけじゃないのかよ)
こいつらに彼女の気持ちなんて、絶対にわかりっこないんだろうな。
113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 22:55:58.20 ID:fJ2jl6pYO
僕は何も言い返せないまま、席に座った。
何を言えばいいのかわからない、そして何より……ベランダの向こうから痛々しいくらいの視線を、僕は感じた。
彼女はじっとこちらを見ているんだろう。
その表情は泣きそうなんだろうか、いや、泣く事には飽きたって言ってたから……。
何も言えなかった僕を、恨めしそうに見ているんだろうか。
それとも霊をバカにしたクラスメイトたちを睨み付けているんだろうか……。
僕(ああ、あの女の子がいれば、彼女に話してもらう事ができるのに)
机に突っ伏した僕は、真っ白な頭の中でそんな事だけを考えていた。
114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:01:26.19 ID:fJ2jl6pYO
女「……ねえ、僕ちゃん。僕ちゃん」
女に肩を揺すられ、僕は顔を起こした。
女「よかった、泣いてはいないんだ」
見ると、周りには女の他にも……数人の友達が僕の机に集まっていた。
彼らは僕を助けてくれるグループらしい。
僕はちょっとだけ安心をした。
たった数分、一人ぼっちになっただけでも僕の心は折れてしまいそうだった。
十七年も一人でいた……ベランダにいる彼女の事が、また気になってしまう。
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:06:49.75 ID:fJ2jl6pYO
僕「……ちょっと、暑い」
そう言って、僕は窓を開けベランダに出ていった。
冬の空気が僕の頭を冷やしてくれる。
ストーブの機械が音をたて、ゴウゴウと揺れ動いている。
ガスのような匂いがする。
僕はその匂いと冷たい風に包まれながら……手すりに両腕をのせた。
隣にいる彼女は、今どういう格好でここにいるんだろう。
僕に彼女の姿を見ることはできない。
116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:10:37.04 ID:fJ2jl6pYO
僕「……怒った? ごめんね」
僕は誰もいないベランダで会話を始めた。
確かに、この姿だけを見られたら変に思われるかもしれない。
でも、隣には彼女がいて僕の話を聞いている。
何も変な事はない。
僕「ひどいよね、人を幽霊扱いしてさ」
僕「僕は、君の事は何も知らない。あいつらだってそうだよ、君がどんなに可愛くていい子かだって……」
117 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:15:57.70 ID:fJ2jl6pYO
僕「それがわかれば、絶対あんな事言わないはずなのにね」
当然……声は返ってこない。
僕「……ねえ、みんなの前でお話していい? 君は水溜まりの中にいて、こんなにも可愛く笑うんだって」
僕「……」
僕「ダメかな?」
返事はないとわかっているのに、つい疑問形を使ってしまう。
……でも、聞かないでも答えはわかっている。
多分、彼女は嫌だと答えているだろう。
確証なんてないけれど……。
119 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:20:08.17 ID:fJ2jl6pYO
僕「……そろそろ授業だから戻るよ。また雨が降ったら」
そう言って、窓を開けようとした瞬間……ギッと枠の金属が嫌な音をたてた。
僕「……」
開かない。
鍵は閉まっていないのに。
それとも立て付けが悪くなったんだろうか、何か強い力に押さえ付けられているように……教室への窓は開かなくなっている。
僕「……気持ちはわかるけどさ」
120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:28:13.88 ID:fJ2jl6pYO
僕は後ろを向かずに話し続けた。
僕「僕は教室に戻らないと……また昼休みになったら来るからさ」
僕「だから、お願い。こんな事しないでよ……」
……スッと押さえ付けられていた力が消え、僕は教室に入る事ができた。
僕は鍵を閉めないまま、机に戻ろうとしたが……。
カチャリ。
後ろでは、誰かが鍵を閉めた音が確かに聞こえた。
あの鍵は、次に僕が開けるまで……絶対に開かないだろう。
ストーブで暖められた部屋なんかよりも……。
彼女と一緒に過ごす、少し寒いくらいの空間の方が幸せだと感じたのは、僕も彼女も同じらしかった。
僕たちは窓一枚を隔てて、また別の空間で過ごし始めた。
121 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:40:36.44 ID:fJ2jl6pYO
……それから何日かは、ベランダで一人言を呟く日が続いた。
雨が降らなかったのが一番の理由だ。
女「ねえ僕ちゃん、コンビニ寄ってこうよ」
僕「ま、また? もうこれで五日間連続だよ?」
女「いいの! 今日はピザまんの日だよ!」
僕「……た、たまには駄菓子屋さんでいいじゃん」
女「私、甘い味とかって苦手だもん。駄菓子屋さんは今度にしようよ」
僕「……いつも今度今度って、結局一回も行かないじゃん」
女「いいの! 本当にいつか行ってあげるから、今日はピザまん食べよ!」
僕「ちぇ〜……」
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:47:12.93 ID:fJ2jl6pYO
雨が降らない、会話ができない、会う事ができない。
今月は、最後に会った日以来雨が降っていない。
ベランダで話しても、会話は僕の一方通行。
そして、女と一緒に中華まんを食べる日々。
僕は冬の中で、少しづつ彼女の事を忘れていた。
あと三日もすれば、学校は冬休みに入ってしまう。
一応、週間天気予報はチェックしていたが雨のマークは見当たらなかった。
女「早く行こうよ〜」
僕「ま、待ってってば」
そして、冬休みが始まると僕は彼女に会う事すら考えなくなっていた。
123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/23(木) 23:55:37.52 ID:fJ2jl6pYO
僕が彼女の事を思い出したのは、クリスマスが終わって……もう今年が終わりそうになる二日前だった。
その日は、朝から雨が降っていた。
そこそこ強い雨音が、屋根を叩いていたのを覚えている。
今日は彼女に会えるかもしれない、そう思ったが冬休みに学校まで出かけるのは何だか面倒に感じた。
僕は、結局お昼くらいまで布団の中で過ごしていた。
テレビからは、この雨が夕方までには雪に変わりそうになる事……。
もしかしたら記録的な初雪になりそうな事をニュースでやっていたが……布団の中の僕は、そんな事も知らずにただ夢を見ていただけだった。
124 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:02:10.77 ID:FpeXKyf/O
結局、ダラダラと寝過ごして……目が覚めたのは午後の三時を過ぎた辺りだったと思う。
両親からの嬉しそうな、雪が降っているぞ、という声で僕は目を覚ました。
寝室の窓から、外を見ると真っ白い大きな雪の粒が空から降っているぞ。
僕(これが雪なんだ)
なぜだかわからないが、僕は無駄に元気になってしまった。
雪が降るとワクワクすると聞いていたが、まさにその通りだった。
126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:08:57.59 ID:FpeXKyf/O
僕(雪がつもったら雪合戦とかできるのかなあ)
そんな想像をしていた。
僕(この寒さの中……女ちゃんと一緒に肉まん食べたら美味しいんだろうな)
どうしても、女の名前が先に出てきてしまう。
僕(……校庭も雪だらけかな。さすがに雪じゃあ水溜まりは出来ないから)
次に、水の中の彼女が頭を過る。
僕(……あれ? 雪って確か)
そして最後に、一番大事な記憶が僕の頭に再生された。
「雪が降るまで、一緒にいてあげられなくてごめんなさい」
128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:14:12.44 ID:FpeXKyf/O
僕「ち、ちょっと出かけてきます! 夕方には戻るから!」
大急ぎで服を着替え、僕は自転車に乗って学校へ向かった。
言葉の意味はわからないけれど、彼女と話す事ができたあの子の言葉だ……。
そして、降る事なんてあり得ないと思っていた、この大雪。
僕は、彼女に会うために必死で自転車を漕いだ。
アスファルトの道路には、うっすらと雪が積もっている。
自転車が通ると、タイヤの跡がくっきりと残った。
雪道の怖さなんか知らずに……僕はただ小学校に向けて走っていた。
129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:21:53.37 ID:FpeXKyf/O
閑静な住宅街を抜けて、両脇には田畑が見えるようになる。
道は広く、車も通っていない。
僕は真っ直ぐに見える道を全力で走った。
雪が顔に当たりっぱなしだったけれど……フードを被ってそれをしのいだ。
雪は積もっていたけれど、特にスピードが遅くなるわけでもない。
一気に小学校までの道を進む。
僕(この道を曲がれば、あとは真っ直ぐ……)
角を曲がれば、遠目に小学校が見えてくる。
でも、僕は雪道で曲がる方法を知らなかった。
普段と何も変わらないスピードで道を曲がろうとして……。
僕(……!)
僕の体は傾いて、アスファルトの路面を滑るように思い切り擦っていった。
130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:28:14.98 ID:FpeXKyf/O
僕「う、うっ……」
車が来ていたら、僕は間違いなく轢かれていただろう。
僕「い、いたっ……」
右膝と右手を地面に思い切り擦ってしまった。
手の先……特に人差し指と中指の辺りからは特に出血しているように見えた。
僕(あ、頭、グラグラする)
体を打ったせいだろうか、なんだか頭が重く気持ちが悪い。
しばらくは立ち上がる事ができず、その場に寝転がっていた。
降りかかってくる、雪だけが冷たくて……とても気持ちよかった。
131 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:32:06.27 ID:FpeXKyf/O
僕「……っ」
しばらくすると痛みが引いたが、相変わらず頭はガンガンする。
それでも行かないと……。
僕は自転車を引きずりながら、学校に向かった。
いつもならたった数分で到着する道なのに……雪と怪我のせいか、とても長く感じる。
体のあらゆる部分が、痛い。
132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:38:55.11 ID:FpeXKyf/O
僕「つ……ついた」
それでもなんとか学校にたどり着くと……今度はその風景に絶望した。
雪が完全に校庭を覆っている。
ただ真っ白に、土が見えてる部分なんて一ヶ所もない。
僕「嘘……」
自転車を放り出して、僕は水溜まりのあった場所へ向かった。
そこも既に雪で覆われている。
僕「……」
彼女の声は聞こえなかった。
雪の音だけが僕の耳に、しんしんと鳴り響いている。
133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:43:40.51 ID:FpeXKyf/O
僕「……ごめん」
僕は謝りながら、その場所の雪を両手で除け始めた。
僕「雨が降ったのに、会いにこれなくてごめんね」
右手の指先が、血と雪のせいでパリパリに固まっている。
僕の中指と人差し指が、熱を持って離れない。
僕「雪なのに、一緒にいられる事ができなくて……」
何をすればいいのか、そんな事はわからない。
でも、僕には何かができた、今になってそんな気がする。
僕「謝るから……だから」
僕「いいかげん返事をしてよ……このままバイバイなんて嫌だよ」
134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:50:29.94 ID:FpeXKyf/O
『……むいよ』
僕「!」
雪の中から声がする。
『さむい……よ……たすけて、ぼく……』
その声は確かに彼女の声だった。
僕「ねえ、そこにいるの! ねえってば!」
『さむい……つめたいよ……こわい……』
水溜まりは出来ていないので、彼女の姿は確認する事ができない。
僕はただ、必死になって雪を掘り返した。
何をすればいいかは、わからなかったけど……。
僕「あ……これ」
僕は雪の中からピンクのヘアピンを見つけ出した。
135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:55:22.07 ID:FpeXKyf/O
僕「これはあの子の……」
どうして雪の中にこのヘアピンがあったかはわからない。
この辺りの地面は何度か探索をしたはずなのに……今になって見つかるなんて。
僕(……なんだこれ、暖かい)
そのヘアピンを手に取った瞬間、僕は不思議な気持ちになった。
うまくは言えないけれど、人に優しくしてもらった瞬間の……あの温もりが、僕の体を走った。
『あ……それ、暖かい……』
見えない彼女が、反応をした。
136 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 00:59:21.77 ID:FpeXKyf/O
僕「ほ、本当に?」
『うん、なんだか楽になって……寒いのも……』
それでも、まだ声が辛そうだ。
ここで水溜まりのあった場所に近づけても、効果が薄いのか?
僕「それなら……今からそこに行くよ」
『え……』
僕「これを持って、そこまで行く。すぐだから、待ってて」
『……本当にすぐ?』
僕「うん、僕を信じて」
『……』
『わかった、窓の鍵……開けて待ってるからね』
遠い遠い、教室までの道が始まった。
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:02:44.19 ID:FpeXKyf/O
雪の積もった校庭を、一歩、また一歩進んでいく。
相変わらず、雪は僕に容赦なく降り積もってくる。
僕「ぐっ……」
このヘアピンを持っていると、不思議と体の痛みは和らいだ。
玄関前の階段も、なんとか昇る事ができた。
僕「あとは、玄関を開けて……教室に入れば」
……玄関?
138 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:06:59.00 ID:FpeXKyf/O
僕「あ」
正面玄関の前まで来て、僕は気が付いた。
いくら彼女が教室の窓を開けてくれていても……この扉が開いていなければ、僕は学校内に入る事はできない。
冬休みが始まった直後なら誰か先生もいたかもしれないが……。
僕「こんな時じゃあ先生なんているはずないじゃないか……」
僕は……その場で泣き出しそうになった。
139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:11:05.59 ID:FpeXKyf/O
『……待ってるから』
雪の静かな音に紛れて、彼女の声が聞こえた……気がした。
僕(……そうだよ、約束だもんね)
僕は、ヘアピンを握りながら玄関の扉を押してみた。
絶対に開いてるはずなんかないと思っていた。
しかし、扉は意外にもあっさりと開いた……鍵がかかっていた様子はない。
僕(これは……彼女が?)
今の僕には、そう信じるしかなかった。
ヘアピンを握りしめ、僕は三年生の教室に向かった。
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:19:17.23 ID:FpeXKyf/O
約束通り、窓の鍵は開いていた。
僕はふらつきながらも、外へ飛び出していく。
僕「はぁ、はぁ……来たよ」
『……』
僕「これ……あげる。ちょっと遅いけど、クリスマスプレゼント」
僕「来年は、ちゃんとしたのを買ってくるから、はい……」
『……』
ヘアピンを、そっと彼女に手渡した。
僕「……」
『どう、かな? 似合う』
僕「うん、綺麗だよ。とても……すて……」
『……ありがとう』
優しい声と笑顔に包まれながら、僕は彼女に寄り添うように倒れた。
衝撃を覚えた瞬間、ふわっと甘い髪の毛の匂いがしたけれど……僕はそれから、気を失ってしまった。
141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:19:35.49 ID:33SUvtiLP
つかまえてシリーズいつも楽しみにしてます^^
142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:26:41.83 ID:FpeXKyf/O
僕「……」
僕「……ん」
「あ、気が付いた僕くん」
僕「あれ、ここは……保健室? どうして保健の先生がいるの?」
「どうしてじゃないでしょ! 物音がするから教室に行ってみたら、血だらけで倒れてるんだもの……」
僕「……?」
「私は、ちょっと用事で学校に来ていたの。全く、玄関戸締まりする前に気付いてよかったよ」
僕「先生が……玄関を?」
「他に誰もいないでしょ? 一応、親御さんに連絡しておいたから。全く、遊ぶのもいいけど無茶はダメですからね!」
僕「……はい」
143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:31:41.96 ID:FpeXKyf/O
僕「ね、ねえ先生」
「ん、どうかした僕くん?」
思わずヘアピンや彼女の事を聞きそうになってしまった。
寝起きで頭が混乱している……僕は慌てて他の話題を探した。
僕「あ、あの……え、偉いですよね。もう大晦日なのに学校で働くなんて……は、はい」
「……」
僕(あ、あれ?)
保健室内の空気が、一気に重くなった気がした。
僕「せ、先生?」
「……ふう。そんな仕事だとか立派なものじゃないのよ。私はただ……」
「ただ……」
先生の唇が、小さく震えていた。
その後、先生は重苦しそうにこんな話を僕にしてくれた。
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:36:59.07 ID:FpeXKyf/O
「昔ね、この小学校に通う……ある女の子がいたの。僕くんの一つ下……ううん、死んじゃった時に二年生だったから同い年ね」
「その子はね、三年生になる事をとても楽しみにしていたの。どうしてかわかる?」
「……そう、教室が一階から二階に変わるでしょ。彼女、二階からの眺めに憧れていたみたいでね、それだけで文集とか書いちゃう子だったのよ」
「冬休みに入って、本当に今くらいの時期かしらね。その子が学校に忘れ物を取りに来たの」
146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:40:54.73 ID:FpeXKyf/O
『せんせ〜』
「あら、どうしたのこんな時間に」
『フデバコ忘れちゃった〜』
「あらあら、えっとじゃあ一緒に探してあげるわよ。二年生の教室よね?」
『わ〜い、ありがとうせんせ〜!』
僕「……」
「無邪気で、可愛い女の子だったわ」
「忘れ物を見つけて、その子を帰そうとした時……突然その子が言い出したの」
『二階の教室から、お外を見たい』
って……。
147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:45:03.86 ID:FpeXKyf/O
「その子が二階を好きなのは知っていたから、一緒に階段を上がって……教室のベランダに連れていったの」
『うわあ〜』
『すごいよ! 雪がたくさんたくさんふってるよ!』
「あんまりはしゃいじゃ危ないわよ、はい、おしまい」
『ええ〜、もっともっと見たいもん〜!』
「……あのね、この冬休みが終わったら、学校もあと少しで終わるでしょ?」
『うん、終わり〜』
「その学校がまた始まったら……今度はこの教室でお勉強できるんだよ?」
『!』
『そっか〜、そうだよね』
『私、早く学校終わらせて三年生になるもん』
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:51:31.63 ID:FpeXKyf/O
僕「……」
「彼女、とても嬉しそうに雪景色を見ていたの。赤い筆箱を持って、楽しそうに校庭を走って行ったの」
「……その五分後にね、学校に電話が掛かってきたの。」
「おたくの学校の生徒さんが車にはねられた、って」
……。
「すぐに現場に向かったわ、あそこの……ほら、あの十字路。ここから見えるでしょう」
「……雪でタイヤがスリップしての事故ですって」
151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 01:57:37.77 ID:FpeXKyf/O
「普段は雪なんて降らないから……ううん、だからこそタイヤ交換を怠ったんでしょうね」
「……現場は酷い物だったわ」
『……え……せんせ……』
「まだ息はあったけど、半端に医療の知識があるから……私にはわかったの。この子はもう助からないって」
「でも、私は……」
「大丈夫だから、絶対よくなるから。治ったら……一緒にベランダでお外見ようね」
『…………』
「冬が終わったら、すぐに暖かくなるから……梅や桜が咲いて、一緒にお花見して……」
『……』
「だから……だから……」
『……』
152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:01:13.20 ID:e3h+yEYu0
支援
153 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:08:57.11 ID:FpeXKyf/O
「ほら、筆箱、また忘れてるよ。もう……そんなんじゃ立派な三年生……に……」
『……』
「先生、もうその辺で……眠らせてあげましょうよ……」
「っ! まだ心臓は動いてるじゃない! ちょっと意識が無いだけで……話していればすぐに回復するわよ!」
「ですが、もう体が……先生ならそれもわかるでしょう……」
「……」
『……ぁ』
「!」
『せん……』
「わかる!? 大丈夫だからね! 早く元気になって、一緒にお外……」
『……』
小さく口をニ、三回パクパクと動かすと……そのまま女の子は眠った。
もう少女が笑顔を見せる事はなかった。
154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:17:19.88 ID:FpeXKyf/O
僕「……」
「この学校に再び勤務するようになって……そしたらまた珍しく雪なんて降るから」
「何か嫌な予感がして学校に待機していたら、僕くんが血だらけで倒れていたってわけ」
僕「……」
「さすがに帰り、自転車じゃ危ないから送っていくわ。タイヤもちゃんと変えてあるから、安心して」
僕「あ、あの……その女の子は」
「ん?」
僕「……いえ、なんでもありません」
「そう? じゃあもう帰る? 連絡はしたけど、遅くなると心配させちゃうでしょ」
僕「あ、その……」
僕「少しだけ、待っていてくれませんか」
156 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:21:49.81 ID:FpeXKyf/O
『……』
ガラッ。
『ん……』
僕「……」
『あ……怪我、大丈夫?』
僕「うん、大丈夫」
『そっか、帰らないの?』
僕「お話したら、帰るよ。先生を待たせてるからね」
『ふふっ、あの先生はワガママ聞いてくれるから大丈夫だよ』
僕「……うん」
『ワガママは聞いても、絶対にお家まで送り届けると思うけどね』
僕「それも、わかるよ」
『うん……』
「……」
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:27:27.33 ID:FpeXKyf/O
『今日雪が降った瞬間さ』
僕「うん」
『嬉しいはずなのに、同時にとても怖くなって……体が冷たくなったの』
『昔と一緒だった』
僕「……」
『でも、僕ちゃんの声が聞こえて、このヘアピンから温もりをもらって……』
『私、大丈夫だったよ。まだ元気に……ここにいられるよ』
僕「うん……」
『冬休みが終わったら、たくさんお話しようね。私、ずっとここにいるから』
僕「うん、約束」
『えへへっ……絶対の約束だよ』
158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:33:01.91 ID:FpeXKyf/O
……。
「自転車はまた晴れた時に学校に取りに来なさい」
僕「は〜い。あ、ねえ先生」
「はい?」
僕「先生も、ヘアピンとかするの? 例えばピンク色の……」
「先生、ちょっと癖っ毛だからそういうのはあまりしないのよ。どうして?」
僕「な、なんでもないです」
「……変な僕くん」
彼女は言っていた、いつかこのヘアピンを残してくれた子に会ってお礼がしたいと。
お世話になった先生に何か関係があるのでは、という僕の推理は外れ、僕はこのまま家に帰っていった。
小学校のベランダでは……彼女が一人で楽しそうに雪に染まった校庭を見つめていた。
159 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:42:33.63 ID:FpeXKyf/O
あれから、冬が終わって春が来て。
また冬が終わって……僕たちはもう六年生になっていた。
僕は相変わらず、雨の日は水溜まりに向かい彼女と校庭で話していた。
教室が変わる度に、いい位置の水溜まりを見つけるのに苦労したが……今ではもう慣れたものだ。
『あははっ、今日も楽しかったよ』
「うん、じゃあまた……」
ヘアピンのおかげで、彼女とは常に話せるようにはなっていたみたいだけど……僕も彼女も、あえて今のままで会話をする事にしていた。
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:46:16.07 ID:FpeXKyf/O
ベランダで二人並んで、景色を見れればいい。
僕たちはそれで幸せだった。
春の暖かい空気、夏に吹く涼しい風……。
秋の落ち葉の豊かな匂い、そして冬の冷たい空。
一緒に四季を感じて、雨が降ったらたまにお話をする。
僕と彼女はそんなスタイルに満足していた。
……。
『もうすぐ、卒業だね』
しかし、そんな時間もあと少しで終わってしまうんだ。
161 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/12/24(金) 02:49:47.74 ID:FpeXKyf/O
『僕ちゃんがいないと寂しくなるな〜……』
僕「また誰かに話しかければいいじゃない」
『……また一からスタートもな〜。あ、中学校にあがっても会えるかな?』
僕「……さあ、中学校はこことは正反対だからね。時間だって出来るかわからないし」
『そっか、そうだよね。でも、私一人でも大丈夫だもん、このヘアピンと……僕ちゃんに貰った』
僕「……あれ、僕ヘアピン以外に何かあげてたっけ?」
『ふふっ、内緒』
僕「なんだよそれ〜」
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